「世界に暴露してくれ」ある北朝鮮兵士がロシアからかけてきた一本の電話
ロシア当局は、人権がらみで国際社会から非難を受ける余地を残したくなかったもようで、北朝鮮から送付されてきた書類を綿密に検討した。すると、書類に記された犯行日時が、チュさんがロシアに入国した後のものであることが確認された。勾留から40日後、裁判で無罪判決を受けた彼は自由の身となり、国連の施設に戻ることができた。
2018年春、韓国行きの日を指折り数えていた彼のもとに、サンクト・ペテルブルグの連邦保安庁から面談の要請が入った。彼は、国連施設の弁護士とともに外出した。そこで、彼は姿を消した。立ち寄ったトイレで、拉致されてしまったのだ。
「手段を選ぶな」
数日後、遠く離れたウラジオストクの裁判所で強制退去命令を下され、その日のうちに北朝鮮に強制送還されたことは、デイリーNKでも既報のとおりだが、その後の彼に何が起きたのか。デイリーNKの北朝鮮国内の高位情報筋の話はこうだ。