金正恩が演出した「処刑場の妊婦」の残酷ショー

もっとも、当初の「喜び組」はマッサージや漫談、音楽などの演芸部門に限られていた。しかし、金正日氏が独裁体制の後継者として足場を固めるに従い、「喜び組」も同氏のためのものに変質。同時に「男性のためのサービス」(前掲書)部門が加わり、われわれの知る「堕落の象徴」と化していったというのだ。

ちなみに、「夜の奉仕」のような役割を担ってきたのは、「喜び組」の中でも「木蘭組(モンランジョ)」と呼ばれるグループだったとされる。

いずれにしても、北朝鮮において「喜び組」パーティーのようなものは、最高権力者のためにのみ催されるべきものだったのだ。それを自分のために開き、処罰された張成沢氏は、後年の粛清を予感させる危うさを、当時から備えていたと見ることもできるだろう。