炭鉱の浸水事故で北朝鮮に広がる負の悪循環
北朝鮮の大規模炭鉱の一つ、安州(アンジュ)炭鉱連合企業所。1911年から操業が始まり、近辺の价川(ケチョン)、徳川(トクチョン)、球場(クジャン)などと共に炭田地帯を形成している。生産した石炭を中国に輸出し外貨を稼ぎ出すと同時に、周囲の工場や発電所にも供給し、北朝鮮の経済を支えてきた重要なエネルギー源だ。
ところが、この安州炭鉱に属する一部の炭鉱の操業が1ヶ月以上も止まっている。ただでさえ、国際社会の経済制裁で青息吐息の北朝鮮内部で、その悪影響がドミノ倒しのように広がっている。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、操業停止の理由は坑道の浸水によるもので、西湖(ソホ)、汰香(テヒャン)などの海に近い炭鉱ほど被害が著しいとのことだ。1ヶ月以上も操業ができないのは、1990年代後半のの大飢饉「苦難の行軍」の時以来、初めてだという。
(参考記事:「街は生気を失い、人々はゾンビのように徘徊した」…北朝鮮「大量餓死」の記憶)
情報筋は事故の原因に言及してないものの、おそらく最近、北朝鮮を立て続けに襲った台風によるものだろう。
(参考記事:「ある母子の貧しさゆえの悲劇」台風18号、北朝鮮でも洪水被害)北朝鮮の炭鉱は流刑地を兼ねるほど環境が劣悪で、事故が度々起きている。この炭鉱では2009年2月、崩落事故が発生し、労働者29人が閉じ込められたが、7日後に無事救出されたと労働新聞が報じている。
そのため、炭鉱では事故に備えて揚水機、発電機などの設備を備えている。また、当局も普段の操業や事故発生時の対処のため、炭鉱への電力供給を優先的に行っている。ところが、昨今の電力不足でそれすらも円滑に行われなくなっているというのだ。
(参考記事:北朝鮮の若者を飲み込む「1カ月に1000人死亡」の恐怖スポット)今回、浸水被害を受けた安州炭鉱で生産された褐炭は、近隣の清川江(チョンチョンガン)発電所に供給されていたが、それが止まってしまった。発電所は、价川炭鉱から石炭を入手しているが、それだけでは足りずに電力生産に支障をきたしてしまっている。そのせいで、安州炭鉱に電力が供給されず、揚水機が使えないという悪循環を生み出している。
石炭と電力の供給不足は、肥料を生産している南興(ナムン)青年化学連合企業所にも影響を与えている。肥料の充分な生産ができないとなれば、来年の農業にも悪影響が広がる。
(参考記事:ないないづくしで田植えを迎える北朝鮮の協同農場)平壌から幹部が派遣されたものの、浸水が深刻な状況になっており、このまま廃坑にされる可能性が浮上しているという。
炭鉱で電気技術者として勤務した経験を持つ脱北者は「坑道が浸水すればすぐに排水しなければならないが、浸水がかなり進んだ状況では廃坑の手続きを踏むのが一般的」と証言した。莫大な量の水を排水するのは困難を極め、石炭が濡れてしまっては商品価値が落ちてしまうというのがその理由だ。
元々、この炭鉱では2万人の労働者が働いていたが、国連安全保障理事会の制裁決議で石炭の輸出が禁止されたことで生産量が減少、多くの労働者がヤマを去ったという。
情報筋によると残っているのは5000人程度で、人口の急減で周辺の商店から活気が失われるなど、地域経済にも深刻な打撃となっている。そこに加えて今回の浸水事故。北朝鮮経済全体に与える影響は計り知れないだろう。
(参考記事:餓死、捨て子、孤立…北朝鮮きっての「金持ち地域」が没落)