金正恩が手にかけた北朝鮮の「人気女優」たち
北朝鮮の金正恩党委員長の「無慈悲な独裁者」ぶりを強烈に印象付けたのが、叔父である張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党行政部長の処刑と、彼に連なる人々に対する大粛清だ。
北朝鮮当局は処刑を正当化するため、張成沢氏の「悪行」を暴き、彼がいかにひどい人物であったかを強調した。しかしそれは、北朝鮮権力層の腐敗ぶりを国民に知らせる結果となり、また無慈悲な粛清は金正恩氏が先代の独裁者と変わらぬ暴君であることを見せつけた。
(参考記事:「あまり美人に育たないで」北朝鮮の親たちが娘の将来を案じる理由)張成沢氏に連座させられ、粛清された人々の数は1万人に上るという。そこには、張成沢氏の愛人だったとされる元トップ女優も含まれていた。
その女優とは、一時は北朝鮮の銀幕スターだったキム・ヘギョンのことだ。
(参考記事:【写真】女優 キム・ヘギョン――その非業の生涯)
彼女の悲惨な運命については、脱北者で平壌中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表も詳しくレポートしており、粛清情報は韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏の証言と一致する。
また、張成沢氏の粛清に際しては、彼につながる外交官たちも粛清された。その中に、前駐スウェーデン大使のパク・クァンチョルがいる。彼の息子の嫁は、2007年にカンヌ映画祭でも上映された北朝鮮映画『ある女学生の日記』に主演した女優パク・ミヒャンだ。
(参考記事:北朝鮮の「清純派女優」はこうして金正恩に抹殺された)太永浩氏によれば、彼女は夫や幼い息子とともに、政治犯収容所に送られてしまったという。
さらには北朝鮮の大人気映画で、海外でもよく知られている『洪吉童(ホンギルトン)』のヒロインも粛清された。これまた「清純派女優」であるパク・チュニは、張成沢氏の甥である張ヨンチョル元駐マレーシア大使の妻だった。彼女自身は処刑を免れたものの、収容所に送られたとも、山間僻地に追放されたとも言われている。
一方、デイリーNKジャパンは昨年、「コンピュータに入力してはならない電子ファイル目録」と題された北朝鮮の内部文書を入手した。2015年5月の日付が入ったもので、韓国誌・月刊朝鮮11月号はこれを、北朝鮮の体制に不都合な映像・音楽作品を取り締まるタスクフォース「109常務(サンム)」が作成したものだと断定している。
内容は視聴が禁止された映像・音楽・ソフト類のリストで、列挙されたタイトルはざっと300以上にもなる。その中には北朝鮮の国民的女優・洪英姫(ホン・ヨンヒ)の出演作もある。
(参考記事:【写真】北朝鮮の国民的美少女・洪英姫と映画「花を売る乙女」)彼女の出演作がなぜ、禁止指定されたのかいまひとつわからないのだが、彼女もまた張成沢氏に連座させられてしまったのだろうか。
このように、北朝鮮では誰もが知っているような有名女優たちが、金正恩氏の時代になって次々と姿を消した。それにより生じた社会的空白こそは、金正恩政権による人権蹂躙の証拠なのだ。