金正恩氏が「飲み会禁止」を発令…「迫撃砲で処刑」との情報も
北朝鮮当局が、飲酒歌舞、すなわち酒を飲んで歌って踊るような集まりを禁止していると韓国の情報機関・国家情報院(国情院)が11月20日、韓国国会に報告した。それによると、国連安全保障理事会による制裁が国内社会に不穏な空気を醸成する可能性があるとして、北朝鮮当局は朝鮮労働党の組織網を通じて国民の生活を監視する体系を強化し、情報流通の統制を強化しているという。
幹部を飲酒で処刑
平壌在住の内部情報筋によると、人民保安省(警察庁)が11月初め、平壌市内の国営レストランから郊外の協同農場の食堂(農場員が個人経営している食堂)に至るまで、「『酒風』(酒に酔って騒いだりする行為)をなくすことについて」という布告を貼り出したと述べた。
北朝鮮国民にとって飲酒は、数少ない娯楽のひとつだ。平壌などの大都市以外の地域で、気軽に利用できるレジャー施設がある例は極めて珍しい。国営の朝鮮中央テレビの番組はプロパガンダ一色で、まったく面白みがない。庶民は違法である韓流ビデオなどの海外コンテンツをこっそり楽しむが、発覚すれば拷問や、最悪の場合極刑が待っている。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)こうした中、人々が酒を飲み、酔った勢いで歌と踊りを楽しむのは当たり前のこととも言える。しかし、北朝鮮当局は庶民のささやかな楽しみさえ規制するというのだ。
内部情報筋によると、布告文には、密造酒の製造と販売、酔って騒ぐこと、そして3人以上集まって酒を飲むことを禁じると書かれていた。普通の飲み会はもちろんのこと、誕生日の祝いや結婚式で酒を飲んだり踊ったりすることすら禁止だという。ことの流れで飲み会をしてしまった場合には、午後10時までには終えて、上部組織にその事実を報告せよとのことだ。
この布告以降、平壌市内のレストランや市場では酒類の販売が制限されるようになり、庶民はもちろん幹部ですら飲み会を行おうとしないという。
金正恩党委員長は過去に、飲酒に絡んで朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の幹部を処刑したことがある。2012年には、「故金正日氏の追悼期間中に飲酒した北朝鮮軍の高級幹部14人を迫撃砲で処刑した」との情報も伝えられた。迫撃砲というのは、本来は敵の陣地を攻撃するのに用いられるもので、人間のような小さな目標に命中させるのは難しい。しかし威力が大きいため、至近距離に着弾しただけで人体はバラバラになってしまう。これは軍紀の乱れに対する処罰というより、軍に対して恐怖心を植え付ける目的からのものだったと思われる。
(関連記事:北朝鮮、故金正日氏追悼期間中に飲酒した軍幹部を迫撃砲で処刑)そうでなくても、北朝鮮当局は以前から、社会秩序を正し、党員やその他の一般国民の思想がたるむことを防止するために「『酒風』を根絶するための全群衆的闘争」を強調してきた。
朝鮮労働党出版社が2005年に発行した資料は、根絶すべき風潮として「客の接待、病人の見舞いで酒を飲む」「時と場所を選ばず飲み会を行なう」「業務時間に飲み会を行なう」「酒を飲みながら賭博をする」などを挙げて批判した上で、旧ソ連は酒が崩壊の原因になったなどと主張している。
(関連記事:将軍様も敵わない北朝鮮の酒飲み「警察も検事も飲酒運転」)
北朝鮮当局はこれまで、このような資料を配布した上で、酒が及ぼす悪影響を教育する講演会などを行ってきた。だが情報筋は、今回の飲み会禁止令は「酒風」を戒めることではなく、思想と世論を統制することに目的があると見ている。
平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、ある外務省の幹部が、飲み会の席で国際社会で北朝鮮が孤立していることについて語った舌禍事件が、今回の禁止令のきっかけだという。事実が知れ渡ることで反体制的な世論が巻き起こることを懸念した当局が、事前にそうした災いの芽を摘むことを目的にしているということだ。
北朝鮮当局は、それほど口コミの影響力を恐れているのだ。
北朝鮮当局がひた隠しにしていた金正男氏殺害事件は、口コミを通じて広まってしまった。海外在住、または長期出張に行っていた複数の貿易関係者が帰国し、海外で仕入れた情報を家族や親戚に話したところ、主に女性らが井戸端会議のネタにしたことで、全国に広まってしまったのだ。
(関連記事:金正男氏の「殺害情報」を広める「情報通の奥様」たち)しかし、口コミは飲み会を通じてのみ拡散するわけではない。例えば、中国との国境地帯で海外情報に触れた行商人が、他の地方に行って話すことで全国に広まる例もある。また、最近は韓国や米国の対北放送(ラジオ)を聞く人も多く、全国に無数の「情報通」が生まれている。飲み会を取り締まったぐらいで、そうした情報の奔流を統制できるわけがないのだ。