「誰も信じられない」近隣住民どうしがスパイ…北朝鮮の監視社会
A氏のことを最大限に警戒していた住民は、今回の件で彼が保衛部の情報員であることを確信した。そして、口々に彼を罵り始めたのだ。
「なんてことをしてくれるんだ!」
「保衛部にチクったらいくらもらえるんだ!」
保衛部の普段の横暴さに、恨み骨髄に達していた住民たちの不満が爆発した瞬間だった。物理的な暴力に発展したかは不明だが、そうなってもおかしくなかっただろう。
「生きるために」
北朝鮮は2022年、「群衆通報法」を改定した。この法律は、通報の対象範囲を「反社会主義的現象」から「社会生活領域で現れるあらゆる非正常な現象」に拡大し、全国的な通報体系を明文化した。これにより、以前にも増して監視が強化された。情報筋は語った。
「今では家から笑い声が聞こえても、次の日に情報員がやって来て、『一体なんでそんなに笑っていたのか』と尋ねるようになった」
「相互監視がひどくなり、お互いを疑うようになってカリカリし、人民班で喧嘩が絶えなくなった」
北朝鮮の人びとは、生活が苦しくともお互いを助け合い生きてきた。それが監視の強化で誰も信じられなくなり、何の罪もない人が疑われることも起きてしまっている。
「そんな現実は過酷だと皆が皆思いつつも、生き残るために他人を疑い、監視するようになった」
つまり、誰が情報員かを見極めるために、情報員でもない人が他人の一挙手一投足を監視する不信社会となってしまったのだ。
(参考記事:金正恩「拷問部隊」家族への暴力多発…険悪化する北朝鮮世論)その後のA氏について、情報筋は言及していないが、今まで以上に孤立したことは想像に難くない。人民班の会議など公的な活動以外は、徹底的に排除される。この話は近隣の人民班や職場にも広がり、地域全体からシカトされる。そうなれば、もはや正常な社会生活を営むことは不可能だろう。
誰も幸せになれないのが、北朝鮮という抑圧体制なのだ。
