北朝鮮の「田植え戦闘」で”見殺し”になる若者たち

北朝鮮の首都・平壌の北にある平原(ピョンウォン)、粛川(スクチョン)、文徳(ムンドク)など、「十二三千里平野」と呼ばれる穀倉地帯。南北40キロ、東西20キロの大きな平野地帯で、地平線の見える朝鮮半島でも数少ない地域だ。

この地域の農場では先月、都市部の学生が多数動員され、一気に田植えを行う「田植え戦闘」が行われたが、参加者のほとんどがその後、発熱や吐き気、下痢などの症状を訴えた。田植え戦闘の失敗は食糧難の深刻化を招くが、一体何が起こったのか。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

この地域は、1956年5月に完成した平南(ピョンナム)灌漑水路から農業用水のみならず、飲み水を供給されているが、その水源は同年にできた人工湖の延豊湖(ヨンプンホ)と、そこに流れ込む九龍江(クリョンガン)だ。ちなみにこの川は、核施設で知られる寧辺(ニョンビョン)を流れている。

動員された学生たちは、田植え作業中にこの水を飲んでいたのだが、そのせいで水系感染症になったと情報筋は伝えている。具体的な病名は不明ながら、腸チフスやコレラと思われる。いずれも病原菌に汚染された水や食べ物から感染するもので、開発途上国で多く見られる感染症だ。
(参考記事:北朝鮮、首都・平壌近郊でも腸チフス感染拡大

地域一帯で発生する下水は浄水場で浄化された上で湖、川、水路に放流されることになっているが、資材と電力の不足により浄水場が稼働しておらず、汚染された下水がそのまま流れ込んでいる。また、一部では日本の植民地支配下にあった時代に建設された老朽化した浄水施設を未だに使用している。

北朝鮮が2021年7月に国連に提出したSDGsに関する自発的国家レビュー(VNR)によると、安全な水へのアクセスが確保されている国民は全人口の60.9%。一方、世界保健機関(WHO)とユニセフが報告書によると、北朝鮮で安全な水を確保できる人口は2017年で67%、2012年で72%。単純比較はできないものの、年を追うにつれ、安全な水が得られなくなっている。また、下水処理率も47.5%だ。

これらの数字も、現実にはさらに低い可能性もある。実際、平安南道、黄海南道(ファンヘナムド)、黄海北道(ファンヘブクト)の防疫機関が、上下水道、地下水、河川の水質調査を行ったところ、飲用に適した水は10%に満たないとの結果が出たと、別の情報筋が伝えている。
(参考記事:伝染病の広がる北朝鮮「飲用に適した水はわずか10%」

話は水の汚染だけで終わらない。

情報筋によれば「医療システムの崩壊から、病気になった学生たちは、まともに治療を受けられずにいる。いずれも、深刻な下痢で脱水症状となっているが、薬品が不足しているため、何も手当てができない」という。

腸チフスの場合、生理食塩水、抗生剤という基本的な医薬品で対応できるが、それすらないため、最悪の場合、死亡に至る可能性すらある。
(参考記事:塩水にアヘンを混ぜて注射…医薬品不足の北朝鮮で「死の民間療法」