人命救助より「処刑」が先行…金正恩式「残酷病院」の現場

コロナ禍初期の昨年3月に、北朝鮮の金正恩総書記が参加して執り行われた平壌総合病院の着工式。昨年10月10日の朝鮮労働党創立75周年の前に完成させ、記念日を華やかに飾るというのが当初の計画だったが、大規模な病院なのに工期がわずか半年という「無茶振り」だ。

そしてこれに、コロナ対策の国境封鎖と貿易停止が重なった。国営の朝鮮中央通信は、昨年9月12日の「平壌総合病院建設の外部仕上げ工事が進められる」という記事を配信したのを最後に、報道をピタリと止めているが、やはり工事が進んでいなかったようだ。

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そしてこのような状況の中、金正恩氏の逆鱗に触れた建設担当幹部が処刑された。建設現場ではすでに約20人もの兵士や労働者が墜落死しているとされる。国民の生命と健康を守るはずの病院が、むしろ人々の命を奪う形となっているのだ。

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平壌のデイリーNK内部情報筋は、昨年10月26日に現場の状況を次のように説明している。

「平壌総合病院の建設に大きな問題が発生し、党創建日の(金正恩氏が参加する)1号行事ができなかった。外部工事はほとんど終わった状態なので、元帥様(金正恩氏)が直接見て回る行事ができたかもしれないが、結果的に問題が生じて、現場に元帥様をお迎えできないという結論が下された」

建築の最終検査で、地下から屋上へとつながる換気ダクトと建物間の連絡通路に、規定に合わない鋼材が使われたことで、検査班は最終合格印を押せないとの提議書を金正恩氏に提出。11月中旬までに補修工事を終えるとの報告に対し、金正恩氏は繰り上げて完成させよと指示し、現場は10月末までに完成すると返答した。しかし、建物は出来上がっても、医療設備が整わず、今に至るまで開院できていない。

北朝鮮国内のデイリーNK高位情報筋によると、医療設備の輸入に関する提議書が金正恩氏に提出されたのは、先月末のことだ。その内容というと、今月下旬から中国製設備の輸入を始められれば、今年中に竣工・開院できるというものだ。

コロナ対策として止められていた貿易が、限定的ながらようやく再開したことで設備の輸入が可能になり、オープンの目処が立ったということだ。しかし、金正恩氏は激怒した。

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1つ目の怒りは、ヨーロッパ製の最上級の設備を設置せよとの指示と同時に、少なからぬ党の予算を注ぎ込んだのに、それはどこに消えたのかということに向けられた。

情報筋は、予算の額は不明だとしつつも、ヨーロッパで設備を購入し、北朝鮮まで輸送するには、足りない額だったと説明した。

実務を担当する対外経済省輸出入局、保健省なども昨年まで、現地にいる外務省のイルクン(幹部)を通じて、ヨーロッパ製設備輸入をなんとか実現させようと道筋を模索していたが、国際社会の制裁に加え、コロナのせいで国境を越えた輸送そのものが困難となった。

昨年10月までにオープンしているはずなのに、未だに設備すら運び込めていないことに、金正恩氏は相当苛立ち、当局を通じて催促を繰り返していたようだ。

八方塞がりの状態に追い込まれた実務チームは、安く複雑な手続きなしに輸入が可能な中国製の設備の調査を行なっていた。そこに飛び込んできたのが、中国側からの「北朝鮮の条件に合わせた設備を提供する」という提案だ。

しかし、これが金正恩氏の2つ目の怒りのポイントとなった。実務チームが、自身の批准も受けぬまま、急いで契約を交わしてしまったからだ。

金正恩氏は「万年富強保険事業をその場しのぎのやり方で進めようとするのは、イルクンとしての資格がないばかりか、政治的にも問題がある」と、関係者を厳しく叱責した。その結果、対外経済省で輸出入を担当していた50代の副局長が処刑され、保健省の部長級幹部が解任された。

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中間クラスの幹部がすべての責任をかぶらされた一方で、中国製設備の輸入を最終承認した党の高位幹部は責任追及を逃れたという。

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この一件があった後、「保健事業は元帥様の人民に対する党の政策と路線の問題」「社会主義保険制度の存立と発展のために、該当部門のイルクンたちの、安逸な意識と態度を根絶やしにしなければならない」との通報資料(教育資料)が、対外経済省、保健省、外務省に下された。

いかなる決定を行うにも、党に指示を仰がなければならないという意味合いだろうが、「社会主義保険制度の存立と発展のために」というくだりは、無償医療制度が崩壊して久しく、慢性的な医薬品不足に苦しめられている現場の医療関係者や一般国民には、何をか言わんやだろう。

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契約を結んでしまったため、設備は中国製のものにするというのが党の方針だが、金正恩氏は、最小限の病床だけでもヨーロッパ製の設備にするようこだわり、外務省と対外経済省はその案を探っている。

今年中にともかく開院にこぎつけなければならない平壌総合病院。金正恩氏が最近になって打ち出した「平壌市1万世帯住宅建設」「普通江(ポトンガン)川岸段々式住宅区建設」よりプライオリティが下がっていたが、再び優先的に進められるようになったと、情報筋は伝えた。