金正恩「核とミサイルの暴走」の裏で大量の公開処刑

北朝鮮の金正恩総書記は10日、朝鮮労働党の創建76周年を迎えて演説した。金正恩氏がこうした形で、党創建日の記念演説をするのは初めてだ。

特に注目されるのは、演説の冒頭では「この10年間、わが党建設において」と述べている点だ。金正恩氏は父の金正日総書記が2011年12月17日に死去したのを受けて、最高指導者となった。

そのため、金正恩政権の本格的な船出は2012年と見られてきたが、本人はあくまで2011年末が政権の始まりだと考え、10年の節目として異例の演説を行ったもようだ。

演説で金正恩氏は、「向こう5年間で人民の衣食住問題を解決する」と強調した。これは北朝鮮の最高指導者が常に言ってきたことで、繰り返し同じ言葉が出るのは目標がまったく達成できていないことの反証だろう。

その理由は何か。自然災害や国際情勢に起因する「不可抗力」か。そうではなかろう。そのことは、金正恩政権下でこれまでに起きた主要な出来事を見ればわかる。

2012年 黄海道で大量の餓死者
2013年 叔父・張成沢氏を処刑
2014年 ハリウッドにサイバー攻撃
2015年 地雷爆発…韓国と戦争の危機
2016年 水爆実験を強行
2017年 ミサイル連射、核実験も
2018年 史上初の米朝首脳会談と南北首脳会談
2019年 米朝首脳会談が決裂
2020年 金正恩「死んだふり」事件

各年の詳細については今後、詳しく振り返っていくが、これ以外にも大量の公開処刑など深刻な問題がある。
(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

上記の出来事を見た限りでも、民生にとって前向きな動きは2018年に見られた対米・対南外交だけだ。それとて、核開発問題で北朝鮮が譲歩しないために、経済支援などの成果は何も引き出せなかった。

そもそも、金正恩氏の「核・ミサイルの暴走」の裏には、恐怖政治に依存した体制の深刻な人権侵害がある。国際社会の強力な経済制裁を招く核兵器開発は、非民主的な体制でなければ続行の選択肢はない。

また裏を返せば、北朝鮮の民主化を目指すことなしに、国際社会が核兵器開発を完全に止めさせるのは不可能だろう。そして、そのような状況が、米国に対する金正恩体制の「恐れ」につながり、いっそう核への固執を強めるのだ。

一方、金正恩氏は過去10年の間に、父・金正恩氏への反感もあってか「神秘主義」をよしとせず、様々なものをさらけ出してきた。

もしかしたら、金正恩氏がこれまでにさらけ出したものの中に、彼を攻略する糸口が隠されているかもしれない。