北朝鮮の「少しだけマシな地獄」に送られた20代女性の悲劇

かつて中国に存在していた「収容遣送」という制度。戸籍地として登録した地域を許可なく離脱して摘発されれば、元いた地域に送り返すというものだ。この法的根拠であった「都市浮浪者収容送還弁法」廃止のきっかけとなったのは、前途ある若者の死だ。

湖南省出身の服飾デザイナー孫志剛さんが2003年、就職のために引っ越した広東省広州市で、外出中に警察に逮捕され、収容所で3日後に死亡するという事件が発生。メディアの調査報道により世論が紛糾し、移動と居住の制限が緩和されるようになった。

そもそも中国の戸籍制度は、国民を都市戸籍と農村戸籍に分けて、農民の都市への流入を防ぎ、居住地を固定させることで配給の管理をしやすくすることに目的があった。そして、それと似た戸籍制度を持つのが北朝鮮だ。

大学進学、軍入隊、就職など国が認めた場合を除き、登録した居住地から勝手に引っ越すことは許されず、摘発されれば「集結所」という拘禁施設に収容された上で、元の居住地に強制送還される。集結所の環境は、他の施設同様に劣悪極まりない。

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2016年に韓国にたどり着いた脱北者は、集結所はいつか釈放されるという点で教化所(刑務所)よりはマシだが、環境の劣悪さは双方とも変わりがないと語った。また、中国との国境に接する両江道(リャンガンド)の集結所には、脱北未遂で捕まった人が多く、カネとコネがなければ、戒護員の暴力と性暴力にさらされ続けるとも証言している。

集結所は、脱北に失敗した人や、脱北して中国で逮捕され、北朝鮮に送還されてきた人を収容する施設としても使われるが、両江道のデイリーNK内部情報筋は、恵山(ヘサン)市内にある脱北者を収容する「非法越境集結所」で女性が殺害された事件について伝えた。

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平安南道(ピョンアンナムド)の价川(ケチョン)出身の20代女性は昨年3月、脱北を試みて失敗、逮捕され、集結所に収容された。价川市の安全部(警察署)が身柄を引き受け、処罰を行うのが原則だが、彼女は集結所で1年以上収容されたままだった。

情報筋はその理由に触れていないが、今までの例を考えると、价川市安全部から担当者がやってこなかったり、交通費を負担を求められたが支払えなかったりしたことが考えられる。

また北朝鮮は昨年1月から、新型コロナウイルス流入防止策として国境を封鎖しており、中国で逮捕され強制退去処分を受けた脱北者の受け入れも拒否し続けている。これを踏まえると、この女性が脱北を試みた際に中国人と接触したという理由で、長期間の隔離状態に置かれていた可能性も考えられる。

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ちなみに脱北後に密入国を図った場合は、処刑を含めた厳しい処罰を受け、密入国地点のある地域には、1ヶ月間の封鎖令(ロックダウン)が敷かれる。一切の外出が禁じられる場合もあり、1ヶ月を耐えしのぐだけの食糧を確保できなかった人が次々に餓死していった。

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集結所に収容され続けた彼女の処遇だが、与えられた食事は、1食に茹でたトウモロコシが2〜30粒。当然ながら彼女は、栄養失調に陥った。そんな彼女を、集結所の戒護員(看守)は「集結所の方針と指示に従わなかった」との理由で、銃床で頭部を殴りつけた。

翌朝の安全点検の時間に彼女が現れないことに気づいた戒護員が調べたところ、既に息絶えた後だった。彼らは、遺体をかますに入れて、裏山に埋めたとのことだ。

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情報筋は、この集結所には現在女性20名、男性10名程度が収容されているが、施設職員は、彼らを反逆者として人間扱いせず、想像を絶するような暴行を頻繁に加えていると証言した。また、居住地域の安全部が身柄引き受けにやってこないため、3年も収容されたままの人もいるとも述べた。